08年 06月

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縞揃女弁慶 武蔵野の月

着物に唐獅子と牡丹の柄。
♪唐獅子牡丹ですね。











17-国芳の模写ー15 (08:06:28) トップに戻る。  



































































逢性鏡 月尽の内 さえた月

♪「月がかがみであったなら、
     いとしあなたの面影を---」

これも団扇の下絵の見本帳だそうです。
背景は全部青海波模様ですが省略、手抜きです。
色合いも実物はもっといいのですが---
「いそぎばたらき」です。


16-国芳の模写ー14 (08:06:26) トップに戻る。  



































































五月に一ケ月ぐらいかけてぼちぼち気長に模写。
何処かに紛れていたのが見つかった。
部屋が散らかってるといかんね。
念入りに色をつけました、
団扇の下絵の見本帳だそうです。

ラジオ深夜便で今日は美空ひばりの命日と聞いた。
「みだれ髪」を連想する絵柄だ。
没後二十年とのこと、合掌。


15-国芳の模写ー13 (08:06:24) トップに戻る。  


































































四条縄手の戦い 安政四年(1857) 大判六枚続の部分
安政二年五九歳のとき中風に倒れ小康を得ての作品だそうだ。

和田新兵衛正朝との書き込みを書き忘れた。
右隣に楠帯刀正行と描いた人物が描かれている。
楠正成の長男だ。
楠正成といえば

♪  青葉茂れる桜井の里の渡りの夕間暮れ
   木の下闇に駒とめて,世の行く末をつくづくと
   偲ぶ鎧の袖のえ(上)に散るは涙かはた露か

おふくろがよくうたっていたなぁ〜





14-国芳の模写ー12 (08:06:22) トップに戻る。  


































































信州川中島百勇将戦之内 拾六才初陣 真田喜兵衛昌幸

ご存知戦国の名将真田昌幸。
長男信之は家康に昌幸と次男幸村は大阪がたに。
戦国時代は実にシビアだなぁ。
十六歳で初陣か当時は数え年だから今の十五歳。
中学三年生だ。昔の人は偉いね。







13-国芳の模写ー11 (08:06:18) トップに戻る。  


































































国芳もやう 正札附現金男 野晒悟助

国芳は染物屋の息子だったそうで。衣装の柄も素晴らしい。
この絵の柄も野晒悟助にちなんで骸骨模様。
しかも沢山の猫で出来た骸骨だ!
ぶら下げた下駄まで骸骨とはこっていますね。

猫での骸骨ばかりに気が入って全体が変になった。
中心部だけを切り取りUPです。






12-国芳の模写ー10 (08:06:16) トップに戻る。  


































































また国芳の絵の模写です。

国芳もやう 正札附現金男野出の喜三郎
江戸時代の侠客だそうだ。
片腕を切られて見苦しいと子分に鋸で切りはなさせたらしい。
魂消たね!
評判になり「腕の喜三郎」とよばれたそうだ。






11-国芳の模写ー9 (08:06:12) トップに戻る。  


































































翫雀の福

これも月岡芳年の絵です。
昨日の「頑雀の福」とこの「荒磯の権」二枚組みの版画です。
二人が向かい合った図柄です。
題名は「当世男素肌百貫」
満月の中の狂歌後半だけ何とか読める。
「出世をいのる江戸川の鯉」だ。

口を描き忘れないように。
口を利かずに描きました。








10-国芳の弟子月岡芳年の模写ー2 (08:06:10) トップに戻る。  


































































翫雀の福

国義の絵とばかり思っていたら、弟子の月岡芳年の絵だった。
月岡芳年は晩年大蘇芳年と名乗ったそうだ。
血まみれ芳年とよばれていたらしい。
画面下部に提灯をもった通行人が影絵のように描いてある。
満月の中に仮名仮名垣魯文の狂歌が書いてある。
変体仮名で読めない残念!
後半は「祇園守や受けていのらむ」かな?

ややや!口を描くのを忘れている!
今となってはしょうがない。口惜しや口欲しや!








09-国芳の弟子月岡芳年の模写ー1 (08:06:09) トップに戻る。  



































































流行道化こまづくし 「ももんごまぁ」

幽霊も独楽と紐で描いている、たいしたもんだ。
さらに柳の枝が髪の毛に見えて効果的だ。

解説に
天保十四年(1843)名人竹沢藤次の曲独楽が大流行。
それを当て込み、
独楽の擬人化による錦絵が多数出版された。
と 書いてあります。


08-国芳の模写ー8 (08:06:05) トップに戻る。  


































































国芳は骸骨を沢山描いています。
人を驚かすのが好きだったせいでしょうね。、
晩年の弟子暁斎はもっと沢山描いています。
当時全身そろった標本はそう無かっただろうから、
洋書の挿絵とか写真をみて描いたんだろうな。

ちょいと面長になりすぎた。


07-国芳の模写ー7 (08:06:07) トップに戻る。  


































































木賊刈の老人が歌舞伎「助六」の伊久に早変り。
伊久は意休が本当だろうが、
国芳師匠は
「そんなこたぁかまっちぁおれね〜」
と言いそうですな。




06-国芳の模写ー6 (08:06:06) トップに戻る。  


































































能の木賊刈の老人だそうだが能には不案内で知りません。

木賊という有用な草が有りこれを採って
生計を立てていた人がいたとのこと。
砥草、別名 歯磨草とも言い物を磨くのに用いたらしい。

山梨県小渕沢の奥に木賊峠というところがあるそうだ。
木賊が沢山自生しているんだろうか?

05-国芳の模写ー5 (08:06:05) トップに戻る。  


































































昨日のだるまの絵をひっくり返しました。
外道だそうです。
一枚の絵で二日まかなえる。ラクチンらくちん。

一粒で二度美味しいグリコのアーモンドチョコ。




04-国芳の模写ー4 (08:06:04) トップに戻る。  


































































当時だまし絵とよばれた物だそうです。
上下をひっくり返すと別の絵になります。
これは 「だるま」 です。






03-国芳の模写ー3 (08:06:03) トップに戻る。  


































































これもたくさんの人で顔が出来ています。

左上に
「人の心はさまざまなものだ
  いろいろくろうして、ようよう、人一にんまえになった」

と 書いてあるんだそうだが、
変体仮名というのか解説を読まないとよく分からない。
ほんの百五十年ぐらい前の日本語が読めない。
後百年も経ったらそのときの人は今の新聞が読めるんだろうかな?






02-国芳の模写ー2 (08:06:02) トップに戻る。  



































































以前に描いた模写にPCで色付けして見ました。

「みかけはこはゐがとんだいい人だ」

向かって右下の襟から胴のところは、
力紙のついた髷と紋から
和田義盛の三男朝比奈三郎の後姿。
顔や手は朝比奈を主人公とする
巡礼譚に登場する万国の人々だそうです。














01-国芳の模写ー1 (08:06:01)
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